? お遍路最終編(17番)

Posted on May 27, 2015 by taiyo01






10番お札所まで到達し目標以上の成果が得られました。

次回来た時は、何処から廻ろうか、などと歩みの苦行を逃れ、余裕も出る。



翌早朝、車で11番藤井寺に行ってみることに。

この寺から12番までの道は、弘法大師が歩いた現存する数少ない道の一つだ。

山すそにある藤井寺の裏から、山に繋がる細い道は車の通る幅はない。

12キロと表示されているものの、車道を走れば30キロ、1時間半は掛かるらしい。

時間を持て余している。「ちょっと行ってみる?」と上り坂にアクセルを踏み込んだ。

寺が近くなるにつれ道は狭くなり、離合もできない所が数カ所あった。



此の山には大蛇がすみ、弘法大師の行く手を阻まんと、山を火の海にしたが、大師が岩穴に封じ込めた。

それで、焼け山となった12番霊場は「焼山寺」と名付けられたそうな。

海抜700mから望む風景は、山々山、山が押しくら饅頭にひしめき立つ。とにかく山しか見えない。


























高速道路までに幾つかの寺がある、通りすがりに立ち寄ると午前中に17番まで完走。

午後に頑張れば徳島の23番霊場をすべて制覇し、清原選手にも会えたかも知れません。

とういう事でお遍路の旅、これにて終了。

















我が愛馬は3日前に日向で水を飲ませ、それから一滴も与えていない。

主人の命にそむくこと無く、愚痴もこぼさず、ほんとによく働いてくれる。

寄り道をし、ふたたび高速で愛媛の道後に向かう。


ガソリンの残量を示すランプが残り2つになった。

さすがの愛馬も疲れたようだ。パーキングで水を飲ませてやらねば。

そう思って探すと中々ないものです。…そこで限界メモリが最後の1つに落ちた。

その昔、ガス欠を経験した事がある。…アクセルを踏んでも無言にスッーと止まる。

高速のトンネルで、もしそんなことになったら、大惨事を招く。

思っている内に、もうろうとする愛馬のランプンが全て消えた。



高速のオアシスまで後20キロ。

万が一に備えトンネル内で止まった時の指示を妻にすると、車の中がパニックになった。

スピードを80キロまで落とし、下りはアクセルから足を外した。

残り10キロ・・2キロ・・・弘法大師様、助けてー! 完

? お遍路の旅

Posted on May 25, 2015 by taiyo01

このブログに、貼り付ける画像は、お寺・お参り・巡礼者の3パターン

提供する側からしても、写真を見て、はい〇番〇〇寺とは出てこない。


ノルマを感じ、大本堂〜本堂〜納経所を小走りに駆け抜ける。

白衣の背中に書いてある「同行二人」は弘法大師と一緒と言う意味。

「どうこう・ふたり」と読みたいところですが「どうぎょう・ににん」が正解。

年間40万人が巡礼に訪れるそうですが、弘法大師も息つく暇もありませんね。










一度の旅で、すべて廻る事を「通し打ち」。何回かに分けると「区切り打ち」。

順番通りが「順打ち」で、逆に廻ると「逆打ち」。他に順番にこだわらない「乱れ打ち」があります。

今のところ、「潤打ち党・区切り派」に属しておりますが、そのうち「乱れ打ち党」に変わるかも知れません。

全行程を8番と決めていた為、2日目にして10番切幡寺まで行け事は嬉しい誤算でした。

約4キロの道のり、海抜150mまでこの重い体を運び上げるのは少々足腰にこたえます。

8番もそうでしたが、着いたと思って安心していると、その向うにとてつもなく長い階段が現われます。

11番までは10キロあり、とうてい閉門時間に間に合うはずも無く、此処が終点です。

タクシー乗り場で車に飛び乗り、今夜の宿「温泉宿坊安楽寺」に一直線。

タクシー代が4000円でしたから結構な距離を歩いたんですね。










宿坊も色々あるそうですが、此処が一番人気で、建物も大変綺麗でした。

受付で6時から夕食なので、お風呂は後になさってはと言われました。

時計を見ると5時半。「いや、お風呂を先に」と申し出ますが、とにかく夕食は6時から始めるそうです。



ひょっとすると、相部屋かと思いきや、和室の6帖でテレビと冷暖房も整っておりました。

何はともあれ、限られた時間に湯船に永く浸かる事が先決。

エレベーターを待つ時間もおしみ、一つ下まで階段を駆け下ります。・・・貸し切りでございました。

内風呂、露天と、少し熱めのお湯が、疲れた足腰の血流を正常に戻してくれます。極楽、極楽。



そのまま手拭いを肩に大広間へ。そうだ、お酒はあるのだろうか。

受付の、頭を丸めた作務衣の女性が、親切にも自動販売機の持ち込みを承認。

お食事は1時間と決められ、騒ぐ人も無くシーンとする中、100人が背筋を伸ばし姿勢を正す。

精進料理を初めて食べましたが、大変、大変おいしかったです。

















このあと「お勤め」がございます。

講堂で、今からの儀式・手順とでも言いましょうか、説明を受け、紙に願い事を書きます。

更に本堂へ移動し、けさの色の違う、この寺のご住職あろうお方から、ありがたきお説教。

灯篭を持って、仏様が並ぶ前を奥へ奥へと進みます。

そこは、たいまつが赤々と灯り、極楽浄土へ繋がっているでしょうか小川が流れておりました。

願いをたいまつで燃やし、灯篭を川に流します。

困った時にだけ手を合わせる、信仰心のうすい僕の願いを仏様は聴いてくれるのだろうか。

























? お遍路の旅

Posted on May 19, 2015 by taiyo01






お遍路グッズを購入するおり、「四国遍路ひとり歩き同行ふたり」なるガイドブックを勧められた。

発行元は「へんろみち保存協会」とあり、裏道やコンビニ・食堂が細かく記してあり旅人の必需品だと言う。

八十八の寺を紹介したガイド本を棚に返し、またしても言われるがままに2500円出費した。



歩いていると、当然昼食を、おにぎりであれパンであれ何処かで調達しなくてはならない。

遍路道は交通量の多い本道から一本中に入り、昨日歩んだ墓地の中を縫う里道沿いに店があるはずもない。

徒歩1分80mとし、参拝時間を加え換算すると、丁度お昼が田んぼに囲まれた農道だった。

田のあぜに腰かけ「おむすび」を食べるのも、のどかなもの、しかしそのおむすびを買わねば。

そこで便利ガイド「四国遍路ひとり歩き」を開いてみる。

道中にコンビニは無く、9番法輪寺の近くに「お食事処阿波路庵」を確認。

庵とはアンテックな内装に、こ洒落た店を思い浮かべざるを得ない。

白装束ではいささか恥ずかしいものの、此処は巡礼の地、杖と笠が正装なのでございます。



思った以上時間が掛かり、寺に着いたのは午後1時を回っていた。

門の前のだんご屋は壁さえあれど、海の家の如く簡易に、僕でも造れそうな小屋である。

法輪寺でお参りを済ませ。空かせた腹を満たすべく、地図を広げ「阿波路庵」を探す。

しかし寺の外輪を一周しても店は無かった。



お遍路売場のおば様の、あの自信にみちた言動が脳裏をかすめ、いと悲し。









だんご屋の、ベニヤ板に並べられた柏餅で、とりあえず一息つく。

5つ入って300円とは良心的で、その抜群な味に驚きもした。

中を覗くとテーブルが2つあり、食べ終わった後の丼と割り箸が置いてあり

段ボール箱をごった返しに積み上げ、外に陳列する特大みかんの残りが順番を待っていた。

玄関のない入口から入り、椅子に腰かけ見つけた、安い順に書き殴った手作りメニュー。



店の前で托鉢するお坊さんが「雨が降ってきそうだから、今日は帰るわ」とおば様に声を掛けた。

二人の世間話は長く続き、修行僧が自転車で帰り支度をしている所まで駆け寄り団子を渡す。

団子を買いに来る人が後を絶たず、店長と店員の一人二役をこなすおば様が、我々をまかう暇などあるものか。

随分経って、思い出したように入って来た。

「たらいうどん」は珍しく、おば様も勧めるので、たぬきを取り消し妻も同じものを注文した。



のれん一枚で仕切られた厨房に入ると、団子客がおばちゃんを呼びに来る。

勘定を精算するならまだしも、みかん一袋500円の交渉が始まった。

のれんを潜ると、またしても交渉人に呼び戻され400円におまけが付き、最後300円で成立したようだ。



厨房から「えーと、タヌキ、たぬき」と聞こえたので、慌てて「たらいうどんよー」と僕が訂正する。

そしておば様が小走りに持って来た、正真正銘の「タヌキうどん」。

かくして「たらい」は幻に終わったが、正直団子が腹の中を占領し、うどんの入るスペースが狭まっている。

うどんはさて置き、団子を誉めると、「昔は自分で作っていたけど、今は歳でね」と外注をほのめかす。

パックの裏を見ると、まぎれもなく「あわしま堂」が貼り付けてあった。



外に出て深々と頭を下げるおば様に、ほっこりし、頭を持ち上げた時、気づいた怪しげな文字4つ。

「あわじ〇」。庵は消え落ちはっきりしないが・・・「阿波路庵」・・・ここだったのかぁ

猿の惑星のラストシーンで、砂に埋もれた自由の女神を見つけたテイラー船長の如く、僕等は腰を抜かした。

この困惑する素晴らしき名付け親は、いったい何処の誰なのだろう。



さて今日の最終10番切幡寺は海抜150m、また坂が続くのでしょうね。






? お遍路の旅

Posted on May 15, 2015 by taiyo01







二人旅など、新婚旅行以来です。

グァム島の2日目。お土産の件で喧嘩になり、丸一日口を利きませんでした。

ちなみ原因は、僕のまとめ買い分配式と、妻の個別購入式配分型。・・・ささいな食い違いです。

ですから今回は「喧嘩は無しよ」と誓い日向を発ったのであります。



昨日は1番霊場に車を止め、3番まで歩きタクシーで帰って来た。・・・さて今日はどうしよう。

今晩泊まる宿は「温泉付き宿坊、6番安楽寺」。

八十八ヵ所の中で一番人気が高いらしく、中々取れない、お遍路さん憧れの温泉宿。

4番〜6番を車でワ〜プし、そこから歩けるだけ歩こう。

かぶる笠の頭にあたる部分がチクチクと痛く、手拭いを巻いて七番霊場に、いざ出発。



仏教は中国大陸より5世紀ごろ日本に伝わり、奈良時代に幾つかの宗派が生まれ

平安時代に中国に渡り新仏教を持ち帰った空海こと弘法大師が真言宗を開く。

この八十八ヶ所のお寺の殆んどが真言宗ですが、違う宗派もあり、ご本尊は様々のようです。

ちなみ第一霊場霊山寺のご本尊は釈迦如来で、今日泊まる安楽寺は薬師如来でした。



仏教を身近に感じるのはお葬式の時です。

住職が数珠をすりながら、「宗教の違いはあるでしょうが、宜しければ南無阿弥陀仏と、おとなえ下さい」と言う。

また神社の神事では、線香では無くろうそくをともし、2礼し音をたてずに2拍手1礼をもって故人をしのぶ。

此の巡礼で不思議に思ったのは線香だけでは無く、ろうそくもともすことである。神仏習合なのだろうか。












おっと妻が姿を消した。次の8番熊谷寺は標高120mと高台にあり区間も4キロとまずまず長い。

見つけた道路標識の青い看板を右に曲がった僕だが、カーブミラーの「お遍路道しるべ」を選考する妻。

確実に寺に向っているのは間違いないのだが、道しるべを無視した僕への不満が歩むスピードを落とした。

石のベンチに腰かけ待っていると、追いついた妻が道が違うと不服を漏らす。

眼の前の道路に、張り出た寺の方角を指す大きな看板を見せても納得しない。

分岐点のカーブミラーからもう500mは進んだ。あそこに戻れば1キロのロスになる。・・・戻りたくない。

妻は納得しなかったが、お遍路道と平行に延びる里道を選んだ。

ダラダラと上り坂を杖に体をゆだね肩で息をしながら、山寺に向っている事を確信する。

15分歩くと小高い丘に出た。そこからあろう事か下り坂になり登ってきた分下り、お遍路道に合流した。

後ろから愚痴が聞こえる。言訳するよりも、彼女より先に、とにかく距離を離すことである。

狭い道沿いに水平に建つ土産物屋の建物で急勾配の坂を感じる。

休む回数が増え、へたばる僕の横を、妻が無言のまま追い抜いた。まるでウサギとカメである。



















? お遍路の旅

Posted on May 12, 2015 by taiyo01

 フェリーのリクライニングシートは実に快適で、2時間半の休息で疲れもすっかり取れました。

八幡浜上陸後は高速で一気に徳島の一番霊場を目指します。


今回の旅は弘法大師を訪ねることが目的で、宗教的な意味合いはありませんでしたが

この霊山寺で売られている「お遍路グッズ」なるもので身なりをととのえます。

3cm角の杖が1600円・笠が3500円・白衣が2000円その他もろもろ

熟練した店員さんに言われるがままに、且つ、独占価格に驚きながら、抱えきれない程の巡礼グッツを買い込みました。

とうてい他では代用出来ないであろう、此処でしか通用しない希少品です。









この白装束に身を包み、杖で地面を叩きながら、笠をうつむき加減に歩むお遍路さん。

そんな風景を想像していましたが、此処に着くまで見かけたのは2組のみ。

このいでたちに、若干の恥ずかしさを自覚しながら、2番霊場極楽寺の方角へ。

携帯のGPSは最短コースを記すも、時折カーブミラーに張り付く「お遍路道しるべ」が狭い道に誘導する。

とても車が通れる幅は無く、墓地の間を縫うように里道は続く。



















お寺では、参拝の作法があります。

入口の門で一礼し、手を洗い口をすすぎ、大本堂と本堂に線香とろうそくをともし

住所氏名を書いた納礼を納め、拝礼しお経をとなえ奉納。最後にお寺のご朱印を頂きます。

我々は「家内安全・無病息災」と手をあわせるだけでしたが

儀式にならい、お経をとなえている人達も沢山おり、ほら貝をふいている人もいたりする。

納経所で300円を支払い朱印を押してもらうのですが、筆で書き下ろす達筆な字は見事なものでございますね。


霊場は17時で閉門、初日は3番金泉寺で終了、歩いた距離は4キロでございました。










徳島市内までは10キロ足らずでしたが、ナビに道案内を頼むことに。

すると有料道路を選択した愛馬に妻が激怒!

もったいないと案内を無視するも、10秒おきに右へ左へと役目を果たすべくアナウンスの声が大きくなる。

逆方向に走っている車を止めると、妻が自宅でプリントしたグーグル地図をジッと眺めている。


自力で走行し、道を間違えるロスを考えたら、わずかな有料代など、どうでもいいではないか。

小競り合いの末、ナビを設定し、ふたたび愛馬にまたがる。

料金所を通過する時チラッと見えた280円。・・・その安さが、よほど嬉しかったのか妻が笑った。




? お遍路の旅

Posted on May 08, 2015 by taiyo01

家内と外食をしたおりである。偶然、隣に座った友人の語る「四国お遍路の旅」は面白かった。

数年前、悔い改めるところがあり、会社役員である彼は長期休暇を取り

八十八ヶ所を歩いて巡礼したのです。


弘法大師が歩んだ道のりも、今は観光会社の企画したツアーが独占し、全国から乗り付けてくる。

バスが大半で、次に自家用車、歩く人は少なく、

彼のように一気に歩いて完走する人は年に500人にも満たないという。

宿泊先は、ビジネス、宿坊、無料宿泊所、野宿など、選択はその時に置かれた環境で左右する。

1日7ヵ所回る日もあれば、2日掛けても行きつかないお寺もある。

頭の中は空っぽに、まさに無の境地に極限まで追い込まれる。



妻の眼がランランと輝きを増すと、振り向きざまに叫んだ。

「あなた、四国に行くわよ」・・・

生まれてこの方、お遍路さんについて考えた事もない。

困った状況に遭遇すると、笑う癖のある僕は、おしみも無く笑った。



2ヶ月経っても妻の意思は変わらず、いや益々強くなり

ネットで検索した巡礼情報が日に日に枚数を重ねた。



否定をすれば、過去に犯した小さな過ちを、今更ながらに問いただされ

何より僕が自由気ままに楽しんでいる旅に終止符を告げられる。

この不幸を回避するには、どちらを選択するも何も「YES」と返事するしかないのであります。



平均一日30キロは歩いたと言う友人の話を聞き、1ヶ月前から早朝ウォーキングをすることになっていたが

一日も歩くことなく、旅立ちの朝を迎えた。

高速道路の蒲江〜佐伯間がつながったお陰で2時間足らずで臼杵に着く。

海峡のはるか彼方、巡礼の聖地から昇った朝日が妻の顔を赤く染めている。

まるで怒りを押し殺す仁王様のようだ。くわばら・くわばら。