太洋開発社長 最終編 マダガスカルの旅その7

Posted on October 03, 2012 by taiyo01

太洋開発社長 フランス料理 マダガスカル その6

Posted on October 01, 2012 by taiyo01


太洋開発社長 マダガスカルの旅 その5

Posted on September 28, 2012 by taiyo01

初日、首都タナで空港に迎えに来たガイドが通り道だからとキツネザル公園に連れて行った時の話である

僕は猿にもカメレオンにも興味はまったくないが折り返し地点まで来て一匹も姿を現さなかった

横跳び猿が無数に飛び跳ねていると思っていたのに

自然の中で餌付けされた神出鬼没の子ザルは此方の意にそわない行動を取る

いないとなると、不思議と探したくなったりするもである

やぶの中をくまなく3人で目をこらす


ガイドが見つけた・・ 「あそこです」・・・

おぉぅーあれがキツネザルか

興味がなかったのになぜか嬉しい・・・「カシャ・・」

しかし横跳びする事なく茂みの中に消え去った・・・こうなると、どうにもこうにもジャンプが見たい

ゴール寸前で3匹見つけた・・・カメラを構える事10分・・・

飛んだ「カシャ・カシャ・カシャ・・・」 連写が猿を追う・・・

すばしっこい奴だ・・

すべてピンボケだった・・



そんな事があった

マダガスカルと言えば、バオバブの木、キツネザル、カメレオン・・・

しょうがない、原田君カメレオンを探しに行こう

する事がなく窮地に追い込まれてのトカゲ探し・・・


案内人の話では20分ぐらい走った村に60cmぐらいのカメレオンが足の踏み場もないくらいにいるという

そんなにいなくてもいいけど・・・

子供が多いので何かお土産を持って行ってくれと言われ

キャンディーと米が主食だと聞いてエイトマンが懐かしい「マルミヤのふりかけ」をバックに詰め込んだ

窓の閉まらないタクシーを待たせ集落の中に入る


腰に付けたキビ団子に家来がぞろぞろ集まって来た

まず案内人は酋長の家を訪ね目的の一部始終を説明し立ち入ることの承諾を取り付ける

案内人は英語が喋れるので少しは会話が出来る

原田君の通訳によると

「カメレオンがいたけどスモールモンキーが食べちゃって、モンキー見て見る?」

と酋長が言っているそうだ

「西村さんスモールモンキーでいいですか」

いいも悪いも無い、することが無いからここに来てるのだ。カブト虫でもクワガタでもあたしゃぁー構わない

スモールモンキーとは手のひらに乗るぐらいの猿だと思う、それが60cmを食べちゃうなんて

どう猛よね・・・噛みつかないかな


しかし幾ら待っても酋長は出てこない・・・

来ないはずだ鍋で料理を作っている

言葉が通じれば 「 おーい、おじさーん、何してるのー」・・聞いてみたい

随分経ってようやく現れると長い棒を片手に「俺に着いてこい」と言わんばかりに森の中へ

カメレオンを探しに行くそうだ

スモールモンキーはどうなったのだろう


ひょっとするとカメレオンが猿を食べ、カメレオンを酋長が食べたのかも知れない

いや、猿を食べたのかも知れない・・・


僕も家来に2つ目のキビ団子を渡し、しっかり見つけるよう激を飛ばした


中々見つからないものだ・・・酋長が畑に入り野菜の付け根をかき分けている

まさか鍋に入れる芋を掘っているんじゃないよね・・・

案内人によると、付け根に指先に乗るようなカメレオンがいるらしい

この時点で60cmはあきらめた

僕等も真似する

猿が毛づくろいしているような感じである


結局、足の踏み場もないカメレオンに遭遇することは出来なかった・・・

しかしキツネ猿のような悔しさは無く

此処で2時間潰せたのは何よりである

酋長にふりかけを渡そうと思ったが、いつの間にかいなくなっていた

謎の多いおじさんだ事


かくして「我ら怪しい探検隊 」 は成果を得る事無く密林を後にする


コテージのささやかなフロントのテーブルに座り、喉のかわきをビールでおぎなう

漁村のカヌー青年がいたので彼を座らせると、カヌーの持主もやって来た

案内人も含めちょっとした宴会が始まる

彼等の貧しさはこの3日間で身をもって感じている

何かプレゼントをしたくなったが文具・食品はすべて使い果たしボストンバックの中には衣類しかない

Tシャツを2枚持って行ったが、一人分足らず着ていたシャツを脱いで渡した

此れが本当の裸の付き合いかもしれない

フロントの壁にはヤモリが家族で張り付いている

今日見つけられなかったカメレオンもヤモリもトカゲに変わりないではないか

どれ「カシャ」・・・

彼らが不思議そうな顔をしていた




























































































































































太洋開発社長 マダガスカルの旅 その4

Posted on September 24, 2012 by taiyo01

目的を果たし終え、ある困った事に気付いた

後2日間この村で何をして過ごすかである


そこまで頭が回らなかった原田君とそれに着いて来た僕は

宿泊するビーチ沿いのコテージからモザンビーク海峡を眺めながら思った


砂浜を歩くときめ細やかな粒子が足元でキュっキュっと泣く・・鳴き砂かも知れない

白い浜に出漁までの一時を足を外したカヌーが休んでいる

早朝帆を掛け東風に乗って大海原に魚を獲りに出るのだ

網を手に抱えそのまま海に入って行く人もいる

波も高いのに働き者ですねここの女性は

漁を終えた小船を覗き込むと日本でいうアジの様な魚が獲れていた

お母さん写真撮るからポーズとって 「 カシャ 」 ・・・

本当にマダガスカルの人は人懐こい、嫌な顔一つしない・・・もう一枚ね 「 カシャ 」


僕達が宿泊してる所は一泊2000円だ。物価が安いのでこんなものかも知れないが

窓にガラスは無く板で封印・・・外の空気が欲しくなったらその板を持ち上げ棒で固定する

畳一帖にトイレとタイル張りの洗面台にシャワーがある

ちなみにここに居る間シャワーからお湯が出ることは無かったが

彼と日本に帰った今もその話に触れたことは無い

そういえばベットのシーツも3日間かえてなかったような気もする

魚村の民家には風呂もトイレも無かったし

此処にいるとそんな事はどうでもよくなり、着の身着のままが自然で髭を剃る事も無く

出来る限り汚くしていようねと可笑しな誓いを立てたりする


とにかく何処かに行こう・・・

移動手段はタクシー・人力車・徒歩の3つがある

ガイドブックに白紙で紹介される村である、タクシーに乗っても行先が定まらない

歩きなれない我々は当然徒歩はさけ

親指で止めた二人乗りの人力車を選択した

言葉は通じないのでペダルを踏む青年も我々の人差し指に黙って従う

20分ぐらい走るとこの街一番の繁華街に着く

繁華街と言っても一般的に想像するものとはかなり異なる

此処を通り過ぎると生茂るジャングルになるのでドライバーの肩を叩く

料金は1000アリアリ:40円だった


スーパーマーケットはバラック小屋が寄り集まったもの

迷路のような通路の両サイドに食材雑貨が板の上に乗せてある

冷蔵庫とか気の利いたものは無く、肉も魚も無造作に放り投げだ


腐る寸前の肉は美味しいそうだが、いくら美味でもアフリカの細菌、ウイルスに

抗体のない僕らは食べない方がいいと思う

群がるハエを掃うと中から魚が顔を出す、この臭いは寸前では無くもう痛んでいる

横に干し物があった、明日は「ひらき」にリサイクルされ陳列される

見た事もない食材が山積みされている

マダガスカルの食文化は衛生上かなり問題があり、日本であれば保健所の営業停止は免れない


食と言えば、毎日レストランの看板を見つけて食事をしていた

レストランといってもヤシの葉をおおいかぶせた壁の無い建物で

日本語に直すと 「 海の家 」 と言った方がイメージは湧く

60年前までフランスの植民地だったせいもありフランス料理が主流である

あまりフランス料理を食べたことは無いがこのソースがフランス風なのだと思う

すべてが高得点に近い味付けだった

中でもセブ牛(背中にこぶのある牛)は絶品である


デザートに「焼きバナナ」なる物を食す

この味を日本に持ち帰り説明するのは難しい・・・

バナナの味はまったく無く硬いなすびに蜜をかけた様な・・・日本人はあまり好まない・・・























































































































































































































































































































太洋開発社長 その3 マダガスカルの旅

Posted on September 20, 2012 by taiyo01

海外旅行のガイド無しは心細い事この上なし

原田君の旅は正直言って行きあたりばったりである

持ち込んだ文具も何処に持って行くかなど決まってはおらず

「 何とかなります 」 が彼の口癖で一見頼もしくも思えるが、中身は空っぽの様な気がする

そもそもこの時期は冬休みで小学校に子供はいなかった

ドライバーから川向いの漁村には子供が多いと聞き其処に行って見ることにした

大船に乗ったつもりで着いて来てくださいとアフリカまで連れてこられたが

翌日彼の手配した4人乗りのカヌーがことのほか小船だった事には驚かされた


カヌーの幅は50cmぐらいだったがアメンボウの様な足が付いており意外と安定感はある

曲がりくねった河川沿いのマングローブの林を抜けるとモザンビーク海峡

白い砂浜に大きなヤシの木と集落が見えた

頭の中で思い浮かべていた景色がパドルひとかきづつ近づいてくる


色の異なる我々を物珍しそうに眺めている

「 サラーマ 」 こんにちはと挨拶するとサラーマが一杯返ってきた

カヌーを此処まで漕いできた青年はこの村の出身で

最初に連れて行かれたのが彼の実家だった

実家と言っても4隅に棒を立てヤシの葉でおおい隠した縦横3mの簡易な物

鉛筆とノートを持った日本人を連れて来た彼が一躍ヒーローになったのは言うまでもない

あっという間に囲まれたが、彼の一声で一列に行儀よく並んだ

大変な子供の数だ

鉛筆一人3本づつに分けノート50冊があっと言う間に無くなった

僕は日向のPRも兼ね、ひょっとこ夏祭りのうちわとひょっとこTシャツを持って行っていたが

鉛筆以上に受け一瞬のうちに消えた


村は親族ごとに集落がある・・・次の集落に移動してみよう

足元は道路も敷地もすべて砂で境に竹が等間隔に刺してある

小学校は小さいけどヤシの葉では無くコンクリートで塗り固めたちゃんとした建物だった

彼が声を掛けると子供達が集まる

色鉛筆も沢山預かってきたが3本づつ分ける訳にもいかない

結局学校の先生を探し出し50セットすべて渡した

仲介人の彼はマダガスカル語しか話せず我々の通訳は出来なかったが

原田君の懸命なジェスチャーで大体は伝わったと思う

僕も自作の世界地図を載せた名刺を先生に手渡した

「オー・ジャポン・みそ・ちゃー」、日本ですね。ありがとうござます

いえ、こちらこそ、どういたしまして

社会の授業で日本の歴史を勉強するらしい

日本の電化製品は性能がいいと評価も高く日本車も走っていた

しかしこの国の平均年収は3万円だから新車は買えない

だから減価償却した40年前の車が堂々と往来している


この地区は義務教育が2年間しかない

学校に行ってない子供が沢山いて鉛筆ノートは貴重品らしい

カヌーの置いてある砂浜まで沢山の子供達が見送ってくれた

不思議な感覚である

モザンビークの心地よい風に

清々しさと感激が何時までも込み上げてくる
































































































































太洋開発社長 マダガスカルの旅その2

Posted on September 18, 2012 by taiyo01

タイで飛行機を乗り継ぐ

バンコク・スワナブーム空港の広さたるや想像を絶する

マダガスカル航空のカウンターを探すのに30分も費やした

福岡からタイまで5時間・・・アフリカまではさらに11時間せまい椅子にはみ出る尻を挟み込む


マダガスカルの首都アンタナナリボ国際空港に着いたのは夜の12時だった

日本時間で朝の6時・・・グッスリ眠って来たのに

ごほうびに頂いた時差のお陰で、又6時間ホテルで眠らなくてはならない


此処から西海岸ムルンダヴァを目指すのだが

小さな飛行機に思わず友人と顔を見合わせた

畳4帖敷きに簡易な折りたみ椅子が8席つ


胴体より大きいプロペラが両サイドでブルブル回ると

翼から丸い機体へ、壁から椅子の足を伝わり下半身を振動させる

丁度ハンドマッサージ器を強にした体感・・・1時間半このかゆさに耐えねばならない


僕は操縦席のすぐ後ろに座っているのでパイロットの一部始終が手に取るように分かる

完全手動式だった

天井に付いたノブを前に倒すと左右のプロペラの爆音が凄まじい

ペダルを踏むと小さな筒がカタカタ震度2を維持しながら滑走路を滑り始めた

ハンドルを引き機首が鼻を上げ飛び立つ瞬間、針がマグニチュ―ド7を振り切る

爆発する・・・空中分解だ・・・

振りかえると原田君が斜めに傾く体を必死に両手両足で支えていた


下手な体操選手が落下しなよう平均台でバランスを取りながら演技する、そんなフライトだった

パイロットは年配の女性で空港に降り立つと出迎えたスタッフに親指を立て抱き合う

あの親指は何を意味していたのか気になってしょうがない


初日は奇怪な「バオバブ」の木を見に行く

樹齢500年の大木は、葉の付いた人参を逆さまに突き刺した様な形をしている

街から舗装されていない道を1時間も走っただろうか

少年の乗った牛車が狭い道をはばむ

しかしクラクションを鳴らしたりはしない

道路の端に四輪駆動を避け彼らが通り過ぎるのを待つ


「サラーマ」こんにちはと声を掛けると「サラーマ」と笑顔が返ってきた


車から降り民家の敷地を覗き込むと3つぐらいの子供が僕の顔をじっと見ている

僕等もアフリカ人をじかに見るのは初めてだが、この子も日本人は初めてだろう

ポケットに風船を持っていたので近づいて一つ膨らませると

クルクルした瞳をさらに大きくして手を叩いて喜こんだ

あっという間に子供達に囲まれた

人数分膨らませていると、今度はお母様達も出てきて指を自分の子供の数だけ折り曲げる


この地区では未だに物々交換をしているらしい

電気が無いので8時には寝るそうだ

この人達とたとえ言葉が通じ日本の生活を説明しても

「 うそ、言うでねーだ 」 と言うに違いない

此処は日本から15000キロ離れた最果ての地アフリカ・マダガスカル共和国

今までの旅とはまるで違う

















































































太洋開発社長  友 人      アフリカ マダガスカルの旅

Posted on September 13, 2012 by taiyo01

 木陰を探しペットボトルの水を体から流れ出た分補給してみた

秋だというのにこの街はその兆しも無く夏真っ盛りではないか

それにしてもどうしてこんな事になったのだろう

焼鳥屋で相づちしていたのは、彼の熱心に語るドキュメントに入り込む隙間が無かった事と

睡魔が襲い、うな垂れていただけの話

だから指切りげんまの約束を聞かされた時の僕の驚きようと言ったらなかった

とっさに妻が承諾するはずが無いとその場を逃げたが

一ヶ月後家内が首を縦に振ったのは悲しい誤算である


僕は今、アフリカにいます

殺伐とした風景です

こげ茶に焼けた女性が今裸足で横を通り過ぎました


彼のボランティア活動にはかねがね関心はしている

発展途上国に出向き子供達に文具を配る事も含めて

そこまで行く費用を考えれば義援金を福祉団体に寄付した方がいいのではと思いもするが

現場主義の彼を止め置くことは難しい


断わり続けて6年・・・もう言い訳も底を尽き

行かねばなるまい

しかしパンフレットの牙をむくライオンを見れば誰しもたじろぐ

それにこの槍を持って飛び跳ねる部族を訪問し鉛筆を差し出しても

日曜の夜欠かさず見ていた「すばらしい世界旅行」で学んだ限り

鍋や釜が欲しいと言うに決っている

しばらく経って、場所をアフリカ大陸の沖に浮かぶマダガスカル共和国に変更したと連絡があった

アニメ「マダガスカル」には沢山の動物が登場してくるが 

実際この島には猛獣は生息せず

ネットの何処を検索しても横跳びするキツネザルとカメレオンが埋め尽くす


ブッシュマンを求め大草原をジープでさ迷うか

カメレオンの生態系を観察するか苦渋の二者択一だった

ライオンも怖いがカメレオンに興味が有るか無いかなど生まれてこの方考えた事もない

海外旅行はその国の名所や世界遺産の観光を楽しみにするもの

こんなに胸が高鳴らないのは今回が初めてである